サンプル1



「あなたはぼくに抱かれたい? それとも、抱きたい?」
「……は?」


オデットの口から出たとんでもない言葉に、思わず頓狂な声が出た。
だきたい、だかれたい、って……えっ。
思考が停止する。だというのにオデットは、まるでなんでもないことのように。


「うん。あ、ぎゅっとするほうじゃないよ。セッ」
「あーあーあーあー!!!」
「わっ、どうしたの?」
「やめて、オデットの口からそんな言葉、ききたくない……!」


きょとんとするオデットは、顔の前で両手を重ねて、可愛らしく小首を傾げた。


「あはっ、かわいいんだから。……でも、ぼく来年で164歳だし……」
「……は?」
「それに、そろそろ性別分化するの」
「……へ?」


わけのわからない単語を、立て続けに聞いた気がする。
……164歳? 性別分化? オデットってば、なにを……。


だけど混乱したわたしなど意に介さずに、オデットは微笑んで。


「うん。ぼくのいちぞくは、大人になるまで無性だから。
だから、あなたがぼくに抱かれたいなら、おとこになるよ。
抱きたいなら、おんなになるね」


なんでもないことのように。
とんでもないことを。


硬直してしまったわたしに、オデットは駄目押しのように抱きついて。


「……ぼくは、あなたを抱きたいな。だってあなたは、世界で一番かわいいもの」

サンプル2


「オデット、あんたぁああああああ!!!」


現れたのは、魔女・コーディリアだった。
全ての元凶であった彼女が、まるで般若のような表情でオデットに向かっている。
しかし今や身長も伸び、すっかり成長しきったオデットは、へらりと余裕の表情で微笑んだ。


「やぁ、コーディリア。元気だった?」
「あんた……あんた! あた、あたしをうらぎ……!!」
「やだな、約束は守ったじゃない。ほら、この子は此処に留まったよ」


話の流れが読めない。

だけどわかるのは、コーディリアとオデットの間に、なんらかの契約があったらしいこと。
コーディリアはへなへなとその場に座り込む。
その姿に、大魔女の威厳は欠片もない。
オデットは、へらりと笑った。


「お、オデット……?」
「ああ、大丈夫だよ。俺に呼応して残ってくれた貴方には、不可触の魔力が働く。
魔女も、手は出せないから」
「……ふふ……はは……」


笑顔のオデットの言葉をさえぎったのは、乾いたコーディリアの声。


「ああ、そうね。あたしの負けだわ、オデット……
いいえ、【醜悪なる、虚像の魔女】末子、オディール=オデット!!」


魔女の言葉が、理解できない。
にこりと笑ったままの、オデットも理解できない。
なにもかも、わからない。


「……その名を呼ばれるの、好きじゃないんだ。
ぼくはもう、醜くなんかないんだから! あはっ……」