サンプル1


【僕の名前はアリエロ。リーエとよんでもらって構わないよ】


白い紙に書かれたのは、整った文字。
にっこりと優しく微笑んだ彼は、自分の喉を指差してからまたペンを走らせた。


【ごめん、これが僕の呪いなんだ。この姿では、声が出ない】
「あっ、ご、ごめんなさ……」

謝ろうとしたわたしの唇に、ほっそりとした指が添えられた。
彼……リーエは笑顔のまま首を横に振って、わたしの手を引いた。


その唇が、「ついてきて」と音にならない声でいう。


どこにいくんですか、と問いたかったが、こうして歩いていては筆談も出来ない。
だまって腕を引かれていると、たどり着いたのは海岸だった。


ようやく足を止めた彼は、振り向いてもう一度にっこりして。


「あっ!」


躊躇いなく、海に飛び込んだ。
着衣のままの暴挙に慌てて水面を見下ろすと、そこには……。


「……それじゃあ、改めて。はじめましてをしようか」


そういって、微笑んだ彼は。


「僕の名前はアリエロ・マーレイ。この世界に住む、人魚の王子だ」



サンプル2


「……弱音の一つも、吐きたくなるよ」


そういったときには、もうあの剣呑な瞳はどこにもなかった。
いつものようにただ凪いでいて、穏やかな、リーエさんの瞳。


「でも、ごめん。君に言ってもしかたのないことだった」
「……リーエさ」
「僕の一族は」


名前を呼ぼうとした声を、柔らかに遮られる。
にっこりと微笑まれて、言葉に詰まった。


「元々、人化の術に長けてるんだ。人と結婚するのも、珍しくないから。
……でも、こんな呪いをかけられては、それも」


そこまで言って、リーエさんは俯いてしまう。
小船の上から手を伸ばそうとするけれど、するりと逃げて、
リーエさんは少し離れたところまで泳いで行ってしまった。


そして、届かない手を、伸ばして。

「……僕は君に、恋をする事も許されない」