サンプル1


「君が……ああ、そうか」

ぼんやりとした、赤味がかった金色の瞳がわたしを射抜いた。
まったく気力というものが見出せないその瞳は、だけど強くわたしを捕えて離さなかった。


「……えっと……」
「構わない、そう、構うものか……。何が起ころうと、世界は動かない。おれは変わらない」


だけど話し掛けようとしたと同時に、興味なさげに視線がそらされる。
そしてわたしの存在など見えてもいないかのように、切り株に腰掛けて背を向けた。


どうしよう。だけど、彼もまたあの「魔女」に呪いをかけられた一人。
それならば、なんとか話をしなければ……。


「あの……!」


その背中に、そっと手を伸ばす。
けれど……。


「っ!?」


わたしの指が、触れる前に。
彼の身体を、見る見る薔薇の茨が覆っていく。
あっけに取られている間に、彼は堅牢な茨の檻に閉じ込められてしまった。
ゆびの一本も入る隙がない。


まさか、これが……。


「これが、おれののろい」


わたしの思考を引き継ぐように、背を向けたままの彼が告げた。
ふあぁ、と興味なさげにあくびをして言葉を続ける。


「……魔女の呪い、眠り誘う茨。おれにふれようとすると、こうなる」
「こうなる、って……」


その言い方があまりにもぞんざいで、思わず絶句する。
彼はようやく振り向くと、茨の隙間からわたしをちらりと一瞥して。


「便利だよ。どこでねてても、じゃまされない」
「え……」



ふああ、と、もう一度あくび。



「じゃあ、あなたは、呪いをとかなくても……」


彼はゆっくりと目を細める。わたしを見定めるように。



「……どうだっていいんだ。きみもおれも、どうなったってかまわない」


サンプル2

「やめて」


スリプが、今まで聞いたことのないような声でわたしを遮った。


「けがをする」


言葉の間にも、スリプの周りには美しい薔薇の茨が現れる。
それは、スリプを守り、閉じ込め、わたしたちを遮る枷。

触れたいと。

どれだけ願っても。


この呪いがある限り、わたしたちは手を繋ぐことすら、指先すら、触れる事は許されない。


手を伸ばす。スリプが今にも泣きそうな顔で、わたしを見た。


「スリプ」


茨はわたしの肌を裂く。
熱のような痛みがわたしを襲う。
だけど、手を伸ばす。触れたくて、触れたくて。


「……やめてよ……」
「ふれ、たい」
「血が」


伸ばす。けれど、どうしても届かない。もう少しなのに。


「……ああ、ばかだ」


ぽつりと、呟かれた言葉は。


「どうせ、おれたちは残酷な魔女のてのひらのうえ。
にげられはしないのに。ねぇ、どうして」

なんの光も映っていなかった、スリプの瞳。
今は、どうだろう。
薄くはった涙の膜が、雫となって、落ちた。




「きみが、すきだ」