なんて綺麗な音色なんだろう。
高く澄み渡っていて、どこまでも響くような。
吸い寄せられるように、わたしは音の元へと歩いていく。
そこにいたのは。
「……笛口さん?」
「……!」
笛口葉介さん。
魔女が「おとぎ」と呼んだうちの、一人だった。
彼はフルートの手を止め、むっつりとわたしのことをにらんだ。
「ご、ごめんなさい、邪魔をして……」
「……」
「……あ、の、とても、お上手ですね」
わたしの言葉に、彼は何も答えずにフルートをしまい始めてしまう。
気を悪くさせてしまっただろうか。戸惑うわたしに、笛口さんは吐き捨てるように言った。
「お前と馴れ合う気はない」
「……あ」
強い言葉だった。同じぐらい、冷たい言葉だった。
さっさと立ち去ろうとする彼を、わたしは思わず追いかけようとする。
「あっ」
「!」
そして、足をもつれさせた。
したたかにひざを地面に擦り付けて、わたしは自分の間抜けさに顔を上げられない。
「おい」
けれど、すでに去ってしまったと思った声が頭上から降ってきて、ばっと顔を上げる。
わたしを見下ろす笛口さんは、ひどく心配げな顔をして、わたしに手を伸ばしていた。
「……最初は、似ていると思ったんだ」
誰と、とは、聞く必要もない。
幼いころに亡くした、お姉さんのことだろう。
彼がいまだに囚われ続ける、後悔のその根底。
手を握る。彼に、一人ではないと伝えるために。
「……だけど、違った。お前は、おまえは……」
その先は、言葉にならなかった。
だけど、握った手を引き寄せて、強くわたしを抱きしめた、その腕が彼の伝えたいすべてだと。
彼の頬を伝う涙が、教えてくれた。
「葉介さん」
名前を呼びながら、背中を撫でた。
広い背中だ。何度もわたしを守って、かばってくれた背中だ。
いつだって、お姉さんを救えなかったことを忘れられなかった葉介さん。
だから、わたしのことも見捨てることができなかったのだろう。
それでもいいと思った。お姉さんのかわりでもかまわないって。
だけど、そうじゃないって。
違うって、言ってくれた。
「……お前を、守るよ」
腕に、力がこもる。
鼓動が伝わってくる。熱が伝わってくる。
「俺は……俺の願いのためじゃなく、お前を守りたい」
「姉さん、姉さん、姉さん……ッ」
「ひ……ッ」
葉介さんは、既に正気を失っているように見えた。
狂気の炎で瞳が燃えていて、わたしの心まで焼ききれそうだった。
姉さん、姉さん、と。
わたしの服を引き裂きながら、彼は彼の姉を見ている。
おぞましさと恐怖で、吐き気がした。
「いや、いやだ、誰か……!!」
「姉さん……? 何で、嫌がるの? 俺たちが、姉弟だから……?」
「離して、笛口さん、お願いだから……!」
「大丈夫だよ、姉さん。俺たちは血が繋がってないんだから」
ひやり、と。
背筋に冷水を浴びせられたような心地がした。
血のつながりが、ない。
笛口さんと、お姉さんの間に。
じゃあ、笛口さんがお姉さんの生き返りに執着したわけは。
「姉さん、綺麗だよ、姉さん……!」
あらわになった胸元に顔をうずめられて、悟った。
この人は、姉を。たった3歳のときに喪った姉を、ずっと愛していたんだ。
「わたしはあなたのお姉さんじゃない」と。
震える喉が紡いだ声を、彼は嬉しそうに肯定した。
「そうだよ、姉さん。俺たちは本当の姉弟じゃない」
わたしを「姉さん」と呼びながら、肯定した。