「あ、あのさぁ、おまえ、その、年下とか……気にする?」
「え?」
「……ッだからッ! 年下の男は恋愛対象になるかって聞いてるんだよ!!」
焦れたように、大きな声で。
叫ばれた言葉を理解するのに、少しの間が要った。そして、理解した瞬間顔が思い切り熱くなる。
いくらなんでも、ここまで直球に言われれば、わかってしまう。
これはつまり、桃夜くんが、わたしの恋愛対象になるかと聞かれているのだ。
あの、えと、とか、意味のない音を舌に乗せて、だけどわたしをみる彼の目があんまりにもまっすぐだから、
誤魔化しきれずにうつむいてしまう。
「わ、わかんない……」
「わかんないってなんだよ!?」
「わ、わかんないよ! だって年齢で人を好きになったことなんてないから……!」
言ってしまってから、そもそもまともに人を好きになったこと自体がないような気がしたが、
それはさすがに口に出さなかった。
桃夜くんはしばし目を丸くして、そして嬉しそうに笑った。
「それが聞ければ十分だッ! 真理、お前は俺を好きになる!」
「な、なんで……!」
「俺がお前を好きになったからだ!」
今度は、直球どころではなかった。
そのものずばり、核心。
わたしを好きだと、桃夜くんは笑顔で宣言した。
「な、な、えっ、なんで……」
「好きになるのに理由がいるかよ」
「でも、まだ会って一ヶ月ぐらいしか……!」
「時間も関係あるかよ!」
いっそすがすがしいほどに言い切って、強く手が握られた。
桃夜くんの両手は大きくて、包まれたわたしの手はずいぶん頼りなく思えた。
「……このまま、あと二ヶ月もすぎれば……お前だって、俺から離れて行っちまう……」
「……桃夜く……」
「だから! 俺は魔女に願いをかなえてもらう! お前とずっと一緒にいるために!」
「おい……無事かよ」
「桃夜くん!!」
その声に、わたしの金縛りはようやく解けた。
はじかれたように、足をもつれさせながら桃夜くんに駆け寄る。
桃夜くんのこめかみからは血がたくさん流れていて、わたしは泣きながら傷口にハンカチを当てる。
「いっ……!」
「痛い!? そうだよね、痛いよね、でも、我慢して……!」
「大丈夫だって……見た目ほど深くねぇし……」
頭の傷は派手に血が出るんだよ、と、桃夜くんは自分のほうが痛いだろうに、笑いながらわたしの頭をなでた。
「泣くなよ」と、まるで自分の傷よりわたしの涙のほうが痛いような、そんな風に。
わたしの涙は止まらず、全身の震えも同様に。
「真理」と、わたしの名前を呼ぶ桃夜くんの声が、戸惑いの色をはらんで揺れる。
「もう、やめよう……」
「……なんで」
「死んじゃうから! こんなこと続けたら、桃夜くん、死んじゃう……!」
それは、事実だった。
この世界に至る前、実際に見た光景だった。
魔女は言った、「改変」さえすれば、死すべき運命すら捻じ曲げることができると。
けれど、わたしの心は既に耐えられないと叫んでいる。
だって、じゃあ、わたしは。
わたしは何度、桃夜くんの死を見なければいけないの?
何人の桃夜くんの死体を乗り越えなければならないの?
「でも、そしたら、お前と……」
「側にいるよ!!」
叫んでいた。
傷口を押さえていた手は、彼の両肩にかける。
血は、もうとまっていた。
「側に、いるから……! 絶対に、離れてなんか、いかないから……!」
「真理……」
「わたしはあなたの側にいる、何が起こっても、何がわたしを引き離そうとしても、絶対に!!」
「どうしたら……いいんだよ……ッ!」
ぽたぽたと、桃夜くんから降る雫が、わたしの顔を濡らす。
震えていた。声も、体も、瞳も、桃夜くんのすべてが。
わたしをベッドに縫いとめる手すら、軽く振り払えてしまいそうなほどに。
「願いを叶えなきゃ……俺は、どうすれば……ッ!」
「願いをかなえなくても、わたしは……ッ!」
「いなくなる!!」
あまりの声に、今度はわたしが震える番だった。
それは、一分の異議を差し挟む隙すらない、強い断言。
わたしの言葉など、慰めなど、少しも入る余地がない言葉。
「いなくなるんだ……! 大丈夫だっていった奴ほど、綺麗に……きれいに……」
「とう」
「忘れたみたいに、俺を切り捨てる!! 最初からいなかったみたいに、俺の前から消えるんだ!!」
まるで、血を吐くようだった。
いったい何人を、桃夜くんは失ってきたのだろう。
こんな風にあきらめてしまうまで、何人との関係を一方的に断ち切られてしまったのだろう。
頭に浮かんだのは、教室で一人ふてくされたように席に座る桃夜くんの姿だった。
まるで、桃夜くんがいないみたいに振舞うクラスメートたちと、桃夜くんとの空気の差。
誰に話しても信じてもらえなくて、でも時間がたてばすぐに自分のことをなかったことにする人間の中で。
桃夜くんは、どれほどに傷ついてきたのだろうか。それは、途方もないこと。
「……いなくならないって、言うなら」
ぽつりと、落ちてきた言葉は、静か。
「くれよ、全部。なぁ、いなくならないんだろ? じゃあ、いいだろ?」
へらりと、笑った顔はけれど、いつもの彼とは思えぬほどに酷薄なものだった。