天に在りしは其が眼(まなこ)
地に在りしは其が松明
天地照らしその双眸
視得ぬものは霞一つも在りはせぬ


神に愛されし人間・『天明地明』。
知恵と思考の神・ルーシェヴェッダが力を貸与した人間の呼び名です。



その力は【比類なき灯】。
天で起こったこと、地で起こったこと、全てを理解し知っている、というのがこの力です。
簡単に言ってしまえば、ものすごく賢い、という感じです。
あらゆる学問に精通し、あらゆる事象を理解します。
ただし、天明地明は普通の天才(変な言い方になりますが。プレーチェやエトなど)と違い、
『自分(あるいは他人)が行動をした場合に起こる結果』までも『知って』います。
なので、この力を宿したものは深い諦観に沈む場合が多いです。
どう行動すれば、何が起こるのか、『わかって』しまうのですから。


似た力に、『天地千年の瞳』があります。神書の預言者、ヴェーダによって与えられる
異能の力です。
このヴェーダを加護するのは、ルーシェヴェッダです。ですので、力の大元は同じです。
だから似た感じの力ではあるのですが、この二つは似て非なるものです。
『天地千年の瞳』は、『未来を見る力』です。
『天明地明』は、『全てを理解する力』です。
『全てを理解した』結果『行動によって起こる結果』がわかってしまうので、
『天明地明は未来が見える』と誤解されがちですが、あくまで天明地明のそれは
『すさまじく精度の高い予測』でしかないのです。



では『天地千年の瞳』のほうが優れているのかというと、必ずしもそうというわけではありません。
『天地千年の瞳』は全ての未来を見通すわけではないし、そして自分の意思での発動は
ほぼ不可能なのです。
唐突に、日常生活の中で残像のように垣間見える『未来』。
それは好ましいものかもしれないし、そうでないかもしれない。
役に立つものかもしれないし、そうでないかもしれない。
また、『天地千年の瞳』の保持者は『天明地明』ほどの知恵を持たないので、
未来を知ったから、その未来を回避するために、あるいはよりよく迎えるために
どう動けばいいのか、『最良の方法』を見出すことは難しいでしょう



知恵と思考の神・ルーシェヴェッダの神格は高め。
天明地明の、神に愛されし人間としての格も高めです。