ヴェスプロ様と逃げて、わたしは幸せだと言うのに。
あなたの傍に居たいと言うのに。
たまに、ヴェスプロ様は、不安そうな眸でわたしを見つめる。
今、わたしは幸せです。
と、わたしが言うと、不安そうな炎を、眸の奥で揺らしながら、笑う。
そんな、ヴェスプロ様は見ていられなかった。
宿に着き、ベットへ腰を下ろしているときだった。
ヴェスプロ様が、いきなりわたしを抱き締めて、苦しそうに耳元で囁いた。
「やはり、夜は――――月に不相応だと、僕は…!…そんな思いで、胸が苦しいです…っ」
きょとん、と私は唐突な出来事に目を大きくするだけ。
「昼間、太陽の光に照らされながら僕に微笑むあなたを見て何時も…っ!何度も何度も、あなたは夜の僕と一緒にいるべきではないと自覚させられた……!」
わたしはかぶりを振る。
ヴェスプロ様はヴェスプロ様で、わたしはわたし。
夜でも月でもない。
名前の由来が、立場が、それに当てはまる物だとしても。
“わたし”は、ヴェスプロ様の前では、ただの“わたし”でしかない。
ヴェスプロ様に恋焦がれる一人の女でしかないのに。
「夜のあなたは月のわたしを求めて下さる。……月は夜を求める。それでは駄目なのですか…?それに――――」
太陽は、昼は、眩しくて、明るくて。
傍にいては、月など目立たない。
昼間は月の存在など、誰も気づきやしないのに、やっと夜になり、月は存在意義を示されるのだ。
「太陽の傍は――――気付いて貰えなくて、寂しいです…」
苦笑混じりに呟いた言葉に、ヴェスプロ様はわたしの顔を見つめる。
わたしは目を伏せる。
「…ヴェスプロ様、あなたの前では、わたしはわたしでしかありません。……ただの、人間です。」
その言葉に、ヴェスプロ様は、はっとしたように目を大きくする。
好きな人の前では、王様だって、王妃様だって、唯の人間でしかない。
そこまで見栄を張る必要もないし、肩に力を入れる必要はない。
わたしは柔らかく微笑んで、自分からヴェスプロ様へ口付けた。
「ヴェスプロ様が、好きです。……誰よりも、この世界の何よりも――――愛しています」
眦に溜まりはじめていた涙が、瞬きをした拍子に零れ落ちる。
「リュンヌ、様――――」
「あなたがわたしを愛してくださるように、わたしもあなたを………!」
思いの強さに涙が出る。
止まりはしない。
「だから、だから……っ、不安そうにするのは、やめてください…っ!」
そうでないと、幸せだと思っていたわたしさえ、壊れてしまいそうだから。
ヴェスプロ様はわたしをきつく抱き締めた。
そして、…泣いているのだろうか、多少鼻に掛かった声でわたしの名前を何度も紡ぐ。
「――――rara yam」
あなたの為に、わたしは何度でも。
「measifaryam rr rara ――――」
言葉を、紡ぐ。
次の言葉を紡ごうとしたとき、ヴェスプロ様に唇を奪われる。
「ん、ん、――――っ…」
唇が離れて、予想通り、涙を浮かべたヴェスプロ様は弱々しく笑って、
それでも、その笑みは、幸せを湛えた笑みで。
「リュンヌ様、僕は、…いえ、僕も――――」
こつん、と額と額を当てて。
物凄い近距離で、お互いの瞳を見つめ合い、そして、微笑む。
「あなたを、愛しています――――」
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